懸案だったボランチで輝きだした小林祐希。

 昨シーズンと同じ、5位という成績で今シーズンを終えた。この結果をいかに捉えるか。
「僕たちの最大の目標はJ1昇格だった」と、多くの選手たちが口にしている通り、今シーズン、クラブ目標として掲げた『J1への帰還』を果たせなかったという意味では、決して「良し」とできる成績ではなかったと言わざるを得ない。小さいようで決してたやすくはない、2つ以上の順位差、6点以上の勝点差をいかに埋めていくのか。大きな課題として来シーズンに持ち越されることとなった。

 ただ、それを大前提としつつ、一方で、この成績をポジティブに受け止めているのが小林祐希だった。昨シーズンとメンバーが変わり、最もポイントとして掲げられてきたのが"ボランチ"のポジション。キャンプ時から川勝良一監督は、佐伯直哉、飯尾一慶、富澤清太郎、菊岡拓朗、和田拓也、高木善朗など、あらゆる可能性、組み合わせを試して最善の形を探ったが、最終的に軸に据えて起用し続けたのが小林だった。

「主力が抜けて、そこに僕が入ることになって、今年はそのボランチが穴だと言われ続けていました。だから、絶対に順位も去年と同じ5位、成績もほぼ同じで終わりたい。それで、『どこが穴なんですか?』って、言ってやりたい」

 最終戦を前にそう語っていた若きMFにとっては、比較され続けてきた昨シーズンと同じ順位で終われたことは大きな自信となったに違いない。

 小林が主力として第17節以降、ほとんどの試合で先発起用され経験を積んでいった中、終盤にきてダブルボランチの相手役を務めたのが、育成年代からの先輩・高橋祥平だった。彼もまた、今シーズン最も成長を遂げた一人ではないだろうか。「ケガもあったし、チームも自分としてもすごく波があった」。決して順調なだけではなく、さまざまな葛藤との戦いながらの一年だったが、結果として彼は28試合に出場し、チームの欠かせぬ戦力となった。

葛藤を繰り返し、ひと回り成長した高橋祥平。

 序盤はサイドバック、途中からはセンターバックとして、それぞれで指揮官の要求に適ったプレーを見せてDFとしてのユーティリティーさを発揮し続けてきた。その安定したパフォーマンスはU-22日本代表スタッフの目に留まり、ロンドン五輪代表候補に選出されるまでに至った。
 もともと、各世代の代表選手としてプレーしてきた高橋にとって、代表で会う仲間との再会は楽しかったが、今は東京ヴェルディでの定位置争いこそが最大の成長の場と捉えている。

「ヴェルディには、練習から代表にはない威圧感がある。その中でやり続けることが成長につながると思う。代表では、なかなかミスの1回1回を責められることはないけど、ヴェルディだと、ミスしたり離脱したら次はないので」

 案の定、危機感は現実となった。9月21日に行われたロンドン五輪アジア最終予選に帯同し、チームに戻ると、ヴェルディでの先発の椅子はすでに埋まっていた。

「その前まではずっと出ていたのに、代表に行ったらこうなっちゃうのかなと、正直落ち込みました。信頼もそれぐらいなのかなって。僕、笑ってふざけているように見えるかもしれないですけど、こう見えてけっこう打たれ弱いですからね(笑)。ただ、その代わり切り替えられたら次に進む気持ちは高い。あそこで、次またポジションを取るしかない! と、すぐにすっきり切り替えられたことは良かったと思います」

 その後、2試合をベンチから見守り、3試合目で後半頭から再び起用されると、次の徳島戦(10月19日/第6節)では、ボランチとして初先発。監督も及第点を与える仕事ぶりを見せた結果、以後はボランチとして起用でき、計算できる選手へと幅を広げている。

「ボランチとして出る機会も多くなって、もう1個ポジションが増えたなとは思う。でも、ユースの頃もボランチはやっていたけど、やっぱりユースとプロとでは全然違うし、まだ全然通用しないと思う。その中で、ボランチで使ってくれた監督には感謝しています。それでまた、いろいろ考えることもあったし。自分の中でボランチになってから1日1日がまた充実したなぁと思いました」

ベテランから若手へ。伝えられていくヴェルディのD・N・A

 プレー面での成長もさることながら、今シーズンの高橋を見ていて最も感じたのが、メンタル面における変化ではないだろうか。一言で言えば『落ち着いた』。本人にそう向けると、「成長期っす」と、"らしく"笑いをとってサラリと交わされたが、充実したパフォーマンスに加え、取材の際の言葉遣い、受け答えなど、対"人"への対応が日増しに丁寧になっているところに、ハタチの青年の人間としての成長を感じずにはいられない。  その陰には、Jrユース時代から現在に至るまで公私にわたり面倒を見、守ってくれている冨樫剛一トップコーチ、そして川勝監督の存在が欠かせない。

 だが、高橋にはさらに大きな影響を受ける、目標とも言うべき男がいる。それが"土屋征夫"だ。

「16歳の頃から、常に教えてもらってきた。いつも横で見てくれたのもバウルさん(土屋)だし、カバーしてくれたのもバウルさん。人柄も知ってるから、どんな代表選手よりも、僕にとってはバウルさんが最高に尊敬できる人なんです」

 高橋の土屋への尊敬が表われた試合があった。8月14日の対ファジアーノ岡山戦。センターバックとして出場していた高橋は、相手にCKを与えた場面で負傷し、直後のCKのピンチを治療のために一時ピッチを離れた。そのシーンについて土屋は試合後、「センターバックとしてあり得ない」と、高橋に対して激怒した。
 すると、それから3試合後の9月4日対ジェフ千葉戦、またしても同じ状況が訪れた。「本当にバウルさんの言う通りだと思います。たしかにセンターバックがいなかったら誰が守るんだ?って話になっちゃう」。結果として肉離れに近い大きなケガでありながらも、背番号23は、その相手CK時はもちろん、この試合の90分間、ピッチを決して離れなかった。

「(バウルさんは)あの人がいればチームが成り立つ、っていうほど本当に器のデカイ人。僕もそういう人間になりたいです」

 培ってきた経験も、接してきて感じる人間性も、土屋の持つすべてが高橋にとっては目標だ。その尊敬して止まない"師匠"を超えた先には、"日本代表"の夢もまた、つながっているのではないだろうか。

「でも今は、ヴェルディでの成長がすべて。まずはバウルさんを超えて、ヴェルディでの信頼をしっかり勝ち取りたいです」

 2011年のJリーグアウォーズにおいて、東京ヴェルディは育成年代の選手育成、指導者育成の功績を讃える『最優秀育成クラブ賞』を受賞した。受賞に際し、羽生英之社長は「育成は私たちの宝物です! 子どもは私たちの未来です!」とスピーチしているが、この土屋と高橋の間にみる、下部組織時代から接点を持ち、教えを受けたトップチーム選手を心から慕い、憧れ、目標とすることでやがてはチームメートとなり、ライバルとなり、ゆくゆくは日本代表を意識する選手へと成長するという、いわば"師弟関係"こそ、クラブが目指す理想形と言えるのではないだろうか。

 2011シーズン。J1復帰を逃した悔しさとともに、こうした未来へつながる関係もチーム内で確かに脈打っていたこともまた、強く心に残っている。

文:上岡真里江
Text:Marie KAMIOKA